「もうちょっと高級感を」「なんか違う」。修正5回目で、お互い疲弊する
デザイン発注の失敗は、経営者のセンスの問題ではありません。デザイナーに伝える「言葉」が足りていないだけなのです。
ロゴのデザインを依頼したことがある方なら、覚えがあるのではないでしょうか。
初稿が上がってきた。悪くはないけれど、何か違う。でも、何がどう違うのか言葉にできない。「もう少し高級感を出してほしいんですよね」と伝えてみる。修正版が届く。方向は近づいた気がするけれど、まだ何か引っかかる。「うーん、もうちょっと和っぽい感じで……」。デザイナーの表情が少しだけ曇ったのが、画面越しにも伝わった。
修正3回目。もう何を直してほしいのか、自分でもよく分からなくなっている。デザイナーも「具体的にどのあたりが気になりますか?」と聞いてくれるけれど、答えられない。「全体的な雰囲気が……」としか言えない自分がもどかしい。
5回目の修正で、正直お互い疲れてきます。デザイナーは精一杯応えようとしてくれている。それは分かる。けれど、着地点が見えない。最終的に「まあ、これでいきましょうか」と、妥協とも納得ともつかない形で終わる。
この光景を、私たちは本当に何十回と見てきました。
そして正直に言うと、私たち自身が発注側に回ったときにも同じことをやってしまった経験があります。名刺を外注したとき、「もうちょっとシャープな印象で」と5回繰り返して、最後は「もういいです」と投げてしまったことがあるのです。この経験は、あなただけの話ではありません。中小企業の経営者でデザイン発注を経験した方の多くが、まったく同じ壁にぶつかっています。
「センスがない」のではなく「言葉がない」だけ
デザイン発注がうまくいかない本当の原因は、経営者にセンスがないことではなく、自社の価値観や世界観が言語化されていないことにあります。
「自分にはデザインのセンスがないから、うまく伝えられない」。そう思っている経営者は多いのですが、これは違います。
デザイナーに伝えるのに必要なのは、デザインのセンスではありません。「自分の会社が何を大事にしていて、誰にどんな印象を届けたいのか」という言葉なのです。
「和っぽく」が伝わらない理由
- 京都の老舗旅館の「和」
- モダンな和食レストランの「和」
- 地方の工務店が掲げる「和の暮らし」
- どれも別物。けれど、自社がどの「和」なのかが言葉になっていなければ、デザイナーは想像で補うしかない
「高級感」も同じです。銀座のジュエリーショップの高級感なのか、地方の老舗酒蔵の高級感なのか。方向が違えば、色も書体も構成もまるで変わります。
つまり、伝えるべきは「高級感」や「和っぽさ」という形容詞ではなく、その奥にある「自社が何者で、誰に、どんな価値を届けたいか」という軸。これが言語化されていれば、デザイナーは驚くほど的確に形にしてくれます。言語化されていなければ、どれだけ腕のいいデザイナーでも的が絞れないのです。
センスの問題ではなく、言葉の問題です。
デザイナーが本当に困っている「あるある依頼」
デザイナーが最も困るのは、抽象的な形容詞だけで方向性の判断を求められること。具体的な情報があるだけで、デザインの精度は劇的に変わります。
私たちはデザイナーとしてたくさんの依頼を受けてきましたが、正直いちばん困るのが「いい感じにお願いします」という依頼です。
これは悪気があって言われているわけではないのは分かっています。むしろ「プロに任せたい」という信頼の表れだったりする。けれど、デザイナー側からすると、地図も目的地もなしに「いい感じのところに連れて行って」と言われるようなもので、実はものすごく困るのです。
実際に受けた依頼で印象的だったものをいくつか挙げます。
困る依頼の例
「かっこよくしてください」「他社と差別化できるデザインで」「信頼感があって、でも親しみやすく」
「かっこよくしてください」。かっこいいの定義は人によって全然違います。ストリート系のかっこよさと、ミニマルなかっこよさと、重厚なかっこよさでは、デザインの方向が180度変わる。
「他社と差別化できるデザインで」。差別化の軸が分からなければ、奇をてらうしかなくなります。結果、派手なだけで中身が伴わないデザインができあがる。
「信頼感があって、でも親しみやすく」。信頼感と親しみやすさは、デザインの文脈ではしばしば逆方向に引っ張り合います。どちらに比重を置くかの判断材料がなければ、中途半端な着地にしかならない。
共通しているのは、デザイナーに判断材料が渡っていないということ。色の好みやフォントの指定ができなくてもかまいません。「自社はこういう想いで、こういうお客様に、こういう価値を届けたい」。この情報があるだけで、デザイナーの初稿の精度はまるで変わるのです。
なぜ自社の強みや想いを言葉にできないのか
経営者が自社の想いを言葉にできないのは、能力の問題ではありません。自分のことは近すぎて見えないという、構造的な壁があるからです。
ここまで読んで、「じゃあ、言語化すればいいんだな」と思われたかもしれません。私たちもそう思います。けれど、ここに次の壁があります。
自社の想いや強みを、自分で言葉にするのは、想像以上に難しいのです。
理由はシンプルで、経営者にとって自社のことは「当たり前」すぎるから。毎日やっていることの何がすごいのか、何が他社と違うのか、自分では分からなくなっている。お客様が「ここまでやってくれるんですか」と驚くような対応も、自分たちにとっては日常だったりする。
近すぎてピントが合わない。水の中にいる魚が水を意識できないのと同じです。
もう一つ、こういうこともあります。経営者の頭の中には、創業の想いも、大事にしてきた価値観も、たしかに存在しています。けれどそれが言語化されていない。モヤモヤと輪郭のない状態で、胸の中にあるだけ。紙に書こうとすると手が止まる。「品質にこだわっています」と書いてみるけれど、それでは伝わらない気がする。結局、何も書けないまま時間だけが過ぎていく。
私たちも自分の事業のコンセプトを一人で言語化しようとして、ノートを前に2時間固まったことがあります。頭の中にはあるのに、出てこない。あの焦りとやるせなさは、経験した人にしか分からないと思います。
だから、デザインブリーフが書けない、デザイナーに何を伝えればいいか分からないのは当然のこと。言葉の材料そのものが、まだ掘り出されていない状態だからです。
言語化してからデザインを依頼した経営者に起きた変化
自社の想いや価値観を言語化してからデザインを発注すると、初稿の的中率が上がり、修正回数が激減します。結果として、コストも時間も大きく下がります。
ある経営者の話をさせてください。
その方はロゴのリニューアルを考えていたのですが、過去に2回、デザイン発注で痛い経験をしていました。「またあの修正地獄になるのか」と尻込みしていたのです。
けれど今回は、デザインを発注する前に、自社の想いや強み、届けたいお客様像、大事にしている世界観を対話を通じてじっくり言葉にするところから始めました。
渡す情報が変わった
「高級感で」ではなく、「創業40年の職人の矜持が静かに伝わるような品格」という言葉が渡せるようになりました。デザイナーが翻訳できる「原文」が手元に揃ったのです。
初稿の精度が変わった
デザイナーの初稿は、ほぼ一発でOKだったそうです。修正はフォントの微調整だけ。以前なら5回以上かかっていた修正が1回で済みました。
時間とコストが変わった
費やす時間もコストも大幅に減りました。お互いに「これで良かった」と心から納得できる仕上がりになり、関係性そのものが変わったのです。
これは特別な事例ではありません。言語化の精度が上がれば、デザインの精度は自然と上がります。当たり前のことですが、この順番を知らないまま発注してしまう方は本当に多いのです。
まとめ — デザインを依頼する前に、まず自分の想いを話してみる
デザイン発注で失敗する原因は、センスでも予算でもなく、自社の想いが言語化されていないことにあります。そして言語化の第一歩は「書く」ではなく「話す」ことです。
ここまで読んでくださった方の中には、「うちも同じだ」と感じた方がいらっしゃると思います。
デザイナーへの伝え方が分からない。デザインブリーフの書き方を調べてみたけれど、埋められない。ロゴを依頼したいけれど、何を伝えればいいのか分からない。
その悩みの根っこは、デザインの知識不足ではありません。自社の想い・価値観・世界観が、まだ言葉になっていないことにあります。
そして、それを一人で言葉にするのは構造的に難しい。近すぎて見えない。当たり前すぎて気づけない。けれど、誰かに話すと、不思議なくらいスルスルと出てくることがあるのです。
最初の一歩は「デザインブリーフを書く」ではなく、「自分の想いを誰かに話してみる」こと。
まとまっていなくていい。整理されていなくていい。話しているうちに、自分でも気づいていなかった言葉が出てくるからです。その言葉が揃ったとき、デザイナーへの依頼は驚くほどスムーズになります。修正は減り、コストは下がり、何より「自分の会社らしいデザイン」が手に入る。