創業のころとは、お客様の顔ぶれがずいぶん変わった。
扱う商品も、入り込む業界も広がった。そろそろロゴを新しくして、会社が変わったことを伝えたい。事業が伸びてきた経営者ほど、一度はそう考えます。
けれど、ロゴを変えることには相応のリスクがあります。長年のお客様が離れていくこと。積み上げてきた見覚えを手放すこと。そして「変わった」が「ぶれた」と受け取られることです。
アメリカのアウトドアブランドYetiは、ロゴに手をつけないまま、ブランドが語る範囲を広げてみせました。
REPORTED CONTEXT
何が起きたのか
米メディアMarketing Diveによれば、Yetiは広告会社Wieden+Kennedyのポートランド拠点と組み、新しいブランドの打ち出し方を発表しました。
核になっているのは、Yetiのロゴです。太く角張ったブロック状の文字。その幾何学的な形を素材として取り出し、人々の「情熱」や「打ち込んでいること」を表す4文字の英単語に組み直すという試みです。
Yetiはもともと、狩猟や釣りを楽しむ人に向けた頑丈なクーラーボックスから始まったブランドです。いまでは、狩猟や釣り以外の楽しみを持つ人にまで顧客が広がっています。新しい打ち出し方は、その広がった顧客の情熱を目に見える形にする試みだと読めます。
報道では、映像や屋外広告、店舗などで展開すると説明されています。一方、予算や効果の実測値は記載されていません。ここでは設計の考え方を読み解きます。
EDITORIAL PERSPECTIVE
編集部はこう読む——文法は変えずに、語彙だけを増やす
この施策の巧みさは、ロゴを変えていないところにあります。
Yetiが取り出したのは、ロゴそのものではなく、ロゴを形づくっている「形の決まりごと」です。太さ、角ばり、ずっしりとした重さ。すでにYetiとして覚えられている見た目は守ったまま、その上に乗せる言葉だけを入れ替えました。
言葉にたとえるなら、文法は変えずに語彙を増やしたということです。見る人は新しい単語を、知らない会社の声ではなく、聞き慣れたYetiの声として受け取ります。
4文字という縛りにも意味があると考えられます。Yetiという名前自体が4文字であること。そして英語の4文字の単語には、短く力強い動詞や名詞が揃っていること。縛りがあるから、どの言葉を並べても同じ声の高さで響きます。
この形には、問いかけの構造もあります。
ブランドが「私たちはこういう会社だ」と宣言するのではありません。「あなたが打ち込んでいることは何ですか」と、ロゴの形を借りて問いかけている。見る人は、自分の情熱をYetiの世界の中に置いてみることができます。

EDITORIAL PERSPECTIVE
日本の中小企業が使うなら
日本では、ロゴの話になると「変えるか、変えないか」の二択になりがちです。ロゴの中にある形の要素を取り出して使い回す、という発想はまだ珍しいものです。
言葉の違いもあります。英語の4文字の単語が持つ短さと力強さは、日本語ではそのまま再現できません。ただ、日本語には漢字一文字という強い単位があります。「旅」「食」「技」のように、一文字で意味と重みを持つ文字を、ロゴと同じ太さと角度で組む。これは日本語ならではの表現になり得ます。
すぐ試せる形を三つ挙げます。
一つ目は、広がった用途を漢字一文字で並べること。たとえば贈答用で知られてきた食品メーカーが、日常の食卓にも広げたいなら、「朝」「旅」「晩」のような文字をロゴと同じ書体で並べる。ロゴを変えずに、「この書体で語られる世界」を広げられます。
二つ目は、お客様の業種を並べること。顧客が多様な業界に広がっている会社なら、「建」「医」「食」「運」といった文字を同じ見た目で並べる。特定の業界だけの会社ではないことが、説明なしで伝わります。
三つ目は、お客様の現場の動詞を並べること。「削る」「運ぶ」「育てる」「診る」。展示会の壁面、会社案内の見開き、名刺の裏面など、どこにでも置けます。
制作範囲を絞って、小さな試作から確かめられます。かかるのは「どの言葉を選ぶか」を決める時間です。言葉選びにこそ、時間をかけるべきです。
EDITORIAL PERSPECTIVE
デザインの視点から——書体は、意味を運ぶ器になる
Yetiの判断で最も学ぶべきは、新しい要素を足さなかったことです。
ブランドの広がりを伝えようとすると、デザインはつい足し算に向かいます。新しい色、新しい書体、新しい模様。けれどそれは、ブランドの見た目の一貫性を少しずつ薄めていきます。
Yetiは逆を選びました。すでに覚えられている型を徹底して守り、中身だけを変えた。型が強いほど、そこに乗った言葉はブランドの文脈で読まれます。書体が、意味を運ぶ器になるのです。
同じ文字数の言葉を、同じ書体で並べる。それだけで視覚的なリズムと統一感が生まれます。タイポグラフィの基本ですが、ブランドの発信で意図して使われることは意外と少ない手法です。

EDITORIAL PERSPECTIVE
AIで量産する前に、確かめてほしいこと
いまはAIに頼めば、自社に合いそうな言葉の候補も、ロゴ風の文字組みも、いくらでも出てきます。アイムホッピングでも日常的にAIを使っていますし、候補を一気に広げる場面では大きな助けになります。
けれど、この手法の価値は「どの言葉を選び、どの言葉を選ばないか」に集約されます。
AIが出してくるのは、どの会社にも当てはまりそうな、聞き心地のよい言葉です。「挑」「創」「繋」。どれも美しく、どれも誰のものでもありません。
自社のお客様は、本当は何に打ち込んでいるのか。自社はその中のどこに寄り添うと約束するのか。その答えは、お客様の現場に行き、話を聞くことでしか見つかりません。言葉の選定は、人と人の対話でやる仕事です。
選ぶ基準が定まっていれば、AIは候補を広げ、組み合わせを試す頼もしい道具になります。基準がないまま量産すると、ロゴの形は守れても、語る中身が空っぽになります。
EDITORIAL PERSPECTIVE
まず一つ、試してほしいこと
まず、自社ロゴの元データと、使われている書体の名前がどこにあるかを確かめてください。
見つかったら、お客様の現場でよく聞く動詞を五つ書き出し、ロゴの横に並べて印刷してみる。並べた五つを見て「うちの言葉だ」と思えるか。その感覚が、ロゴを変えずにブランドを広げる出発点になります。
Source & editorial notes
参考記事:Marketing Dive ↗報道された事例をもとに、アイムホッピングが編集・解釈しています。日本向けの活用例は編集部の提案で、施策の効果を実証するものではありません。
図解・挿絵は記事の考え方や架空の場面を表現したもので、各社の公式広告素材ではありません。
