売上が落ち込むと、まず広告や販促の予算から削る。経営判断として、ごく自然なことです。
けれど、静かにしているあいだに、お客様の頭の中から自社の名前が少しずつ薄れていく。景気が戻ったとき、最初に声がかかるのは、黙っていた会社ではありません。
アメリカの老舗工具ブランドStanleyは、建設業の景気が冷え込むなかで、逆の選択をしました。工具箱に、口の悪い「人格」を与えたのです。
REPORTED CONTEXT
何が起きたのか
米メディアMarketing Diveによれば、Stanleyは建設業の景気減速を背景に、小規模な施工業者や職人を主なターゲットにしたキャンペーン「All Build. No Bull」を展開しました。刷新した製品ラインと組み合わせ、北米、ラテンアメリカ、欧州、オーストラリア、ニュージーランドでの展開が発表されています。
中心にいるのは、皮肉を交えて現場の無駄にツッコミを入れる、喋る工具箱「Stan」です。機能と価格で選ばれがちな工具に、人格と声を持たせました。コピーの意味は「建てるだけ。余計なことは抜き」。職人の実直さを、乾いたユーモアで包んでいます。
公式発表では、10本の広告と、デジタル・SNS・リテールメディアでの展開が示されています。広告の例や映像も公開されていますが、確認した資料には施策の効果を示す数値はありません。以下は成果の実証ではなく、仕組みの読み解きです。
EDITORIAL PERSPECTIVE
なぜ効くのか——黙っている道具に、語り手を立てる
工具は、必要になったときに買うものです。普段はほとんど意識されず、ブランドを乗り換えるきっかけも生まれにくい。そこに「喋る工具箱」が現れると、見慣れた風景が一瞬崩れます。驚きは注意を生み、注意は記憶に変わります。
もう一つは、景気が悪いときの寄り添い方です。真正面から「大変ですね」と声をかけるより、「それでも建てるだろ」と肩を並べる。職人の文化では、そのほうが誠実に届く可能性があると考えられます。
そして、キャラクターは製品刷新の「証人」にもなります。
製品を改良しても、それを信じてもらうのは簡単ではありません。人はスペック表より、語り手の声を信じやすい。キャラクターは飾りではなく、「新しいStanley」を体現する人格として働いていると読み解けます。

EDITORIAL PERSPECTIVE
日本の中小企業が使うなら
そのまま真似するのはおすすめしません。理由は二つあります。
一つは、届き方の違いです。問屋や商社を経由する商材なら、使う人だけでなく、取引先の営業担当者にも伝わる設計が必要です。もう一つは、ユーモアの受け止められ方です。職人の感覚を一括りにはできませんが、設計を誤ると「道具をばかにしている」と受け取られる可能性があります。
ただし、これはやらない理由ではありません。ユーモアの角度と温度を調整すればいい、というだけの話です。
中小企業でもすぐ試せる形を三つ挙げます。
一つ目は、製品の一人称で語るSNS投稿です。「今日も俺が一番使われた」「この現場、段取りが悪い」。製品の視点から現場の一日を語る短い動画なら、キャラクターをゼロから描かなくても始められます。
二つ目は、展示会で配る「製品の名刺」です。「○○です。よろしく」という体裁で、スペックを自己紹介として伝えます。商談のきっかけになり、名刺が捨てられにくくなります。
三つ目は、カタログや取扱説明書の余白に「ひとこと」を添えることです。「ここ、みんな間違える」。そんな語り口は、無機質な説明より読まれやすくなります。
EDITORIAL PERSPECTIVE
地味な商材ほど、声が効く
業務用の機器、設備、ソフトウェア。こうした商材も工具と同じく、機能で比べられ、ブランドで選ばれにくいものです。
法人の購買は一人では決まりません。担当者が上司に「この会社なら大丈夫です」と説明するとき、記憶に残る人格や物語は、その説明を支える材料になります。導入後の連絡を製品のキャラクターから届けるだけでも、「機械が壊れた」が「あの子の調子が悪い」に変わるかもしれません。
愛着は、離れていくことを防ぎます。

EDITORIAL PERSPECTIVE
デザインの視点から——かわいくしすぎない
「All Build. No Bull」は、BuildとBullで頭の音をそろえ、肯定と否定を対にした言葉です。声に出したときに覚えやすい形をしています。日本語にすると韻は消えますが、「やることをやる。余計なことはしない」という骨格は持ち込めます。
公開された広告では、工具箱が現場で語り、過剰な機能や大げさな売り文句にツッコミを入れます。ここからは、日本で応用する際の原則として考えます。工具のような信頼が命の商材では、キャラクターを柔らかくしすぎないことが大切です。かわいさが、製品の頼もしさを打ち消してしまうからです。
EDITORIAL PERSPECTIVE
AIで量産する前に、確かめてほしいこと
いまはキャラクターの案も、口癖のセリフも、AIを使えば数分で何十通りもつくれます。便利ですし、私たちアイムホッピングも日常的に使っています。
それでも、キャラクターの「性格」を決めるところだけは、AIで完結させないでください。
そのキャラクターは誰の代わりに話すのか。何を言い、何を絶対に言わないのか。それは、自社が何者で、お客様に何を約束する会社なのかという問いそのものです。AIが返してくるのは、よくある「親しみやすいキャラクター」の平均値です。あなたの会社らしい口の悪さや実直さは、社内の人やお客様と対話しながら掘り起こすしかありません。
核が決まっていれば、AIはセリフを量産する頼もしい道具になります。核がないまま量産すれば、どこかで見たようなゆるいキャラクターが一体増えるだけです。
EDITORIAL PERSPECTIVE
まず一つ、試してほしいこと
自社の主力製品やサービスに、ひとことだけ喋らせてみてください。
お客様の現場で、その製品は何とつぶやくでしょうか。一文で書けたら、それがあなたの会社の「声」の種です。書けなかったなら、そこが言語化から始めるべき場所です。
Source & editorial notes
参考記事:Marketing Dive ↗公式発表 ↗報道された事例をもとに、アイムホッピングが編集・解釈しています。日本向けの活用例は編集部の提案で、施策の効果を実証するものではありません。
図解・挿絵は記事の考え方や架空の場面を表現したもので、各社の公式広告素材ではありません。
