価格も機能も、比較表では自社が勝っている。担当者の反応も悪くなかった。
それなのに、返ってきた答えは「今回は現状維持で」。
商談を振り返っても、負けた理由が見つからない。そういうとき、本当の理由は比較表の外側にあります。乗り換えをためらう気持ちそのものです。
この「気持ちの壁」に正面から向き合った広告が、海の向こうで生まれました。
REPORTED CONTEXT
何が起きたのか
Samsungは新しいキャンペーンで、心理療法士のオルナ・グラルニク博士を起用しました。SHOWTIME発のドキュメンタリー番組『Couples Therapy』への出演で知られる、カップルセラピーの臨床家です。
米メディアAdweekによれば、キャンペーンには有名な二人組も登場します。テーマは、iPhoneからGalaxyへの乗り換えに伴う心理的な抵抗感。機能の説明だけでなく、乗り換えに伴う感情にも焦点を当てた構成になっています。
キャンペーン名は「Switchers」。公式発表では、広告動画やSNSコンテンツに加え、Spotifyとのプレイリスト企画も紹介されています。ここでは、乗り換えへの不安をどう扱ったかに絞って読み解きます。
EDITORIAL PERSPECTIVE
なぜ効くのか——別れの不安に、名前をつける
乗り換えを促す広告の定石は、スペック比較です。カメラの画質、電池の持ち、処理の速さ。数字を並べて「冷静に選べばこちらが正しい」と訴えます。
Samsungは今回、機能の訴求に加え、乗り換えをためらう気持ちを入口にしました。公式発表では、Smart Switchによるデータ移行など、実務面の支援も紹介しています。
人が使い慣れたものを替えない理由は、不満がないからとは限りません。データ移行の手間もありますが、その奥には、いま使っているものへの愛着と、変化への漠然とした不安があります。これは理屈ではなく、気持ちの問題です。
そこで、長く連れ添った相手との関係を扱う専門家が登場します。その人がスマートフォンとの「別れ」を語ることで、メッセージが立ち上がります。乗り換えをためらうのは、あなたがおかしいからではない。自然な感情なのだ、と。
抵抗感を否定せず、まず受け止める。すると、相手は身構えるのをやめます。新しい関係に踏み出す話は、その後で自然に聞いてもらえるようになります。
有名な二人組の起用も、「関係」という比喩を見知った顔で補強する役割を担っていると考えられます。

EDITORIAL PERSPECTIVE
日本の中小企業が使うなら
日本の法人取引に応用するなら、取引関係や社内調整に伴うハードルにも目を向けたいところです。
物を長く大切に使うことを良しとする感覚があります。法人取引なら「今の取引先に悪い」「担当者との関係が壊れる」という遠慮も加わります。社内の決裁で「なぜ替えるのか」を説明できるかという不安も、判断を遅らせます。
こうした迷いは、気持ちだけでなく関係維持や説明責任にも関わるため、機能の比較表だけでは解消しにくいものです。
有名人を起用する必要はありません。必要なのは、相手の不安を先に言葉にして、受け止める姿勢です。
すぐ試せる形を三つ挙げます。
一つ目は、導入事例の聞き方を変えることです。導入後の効果だけでなく、決断するまでの迷いを正直に語ってもらいます。「正直、替えるのが怖かった」「前の取引先に申し訳なかった」。そうした一言が、いま迷っている読み手の肩の力を抜きます。
二つ目は、不安に答えるページをつくることです。よくある質問を機能の説明で埋めるのではなく、「こんな不安はありませんか」と問いかけ、一つずつ答えていきます。反論を先回りしながら、気持ちに寄り添う構成になります。
三つ目は、切り替えの手順そのものを丁寧に設計することです。データ移行の手伝い、引き継ぎ資料の共同作成、試しに使える期間。替えることへの後ろめたさを減らす仕組みは、それ自体がサービスの価値になります。
EDITORIAL PERSPECTIVE
提案書の一行目を変える
法人向けの提案で、相手が「今のままでいい」と言い続けるとき。その理由は満足ではなく、恐れであることが少なくありません。社内を説得する手間、うまくいかなかったときの責任。
それなら、提案資料の冒頭に「切り替えを考えているが、社内を説得できるか不安な方へ」という一文を置いてみてください。
比較表より先に、「あなたの不安は分かっています」と伝える。それだけで、資料の読まれ方が変わります。社内説明用の資料ひな形を添えるのも、相手の重荷を一つ肩代わりする手です。

EDITORIAL PERSPECTIVE
デザインの視点から——説得の資料から、対話の資料へ
公式発表では、オルナ博士が実際に関係のある二人組と対話する広告映像が公開されています。ここからは、法人向けの資料にも応用できる原則として考えます。
カップルセラピーという場には、落ち着いた光、向かい合う椅子、静かな声のトーンがあります。明るく速く、という一般的なテクノロジー広告とは逆の温度です。語る内容と見せ方の温度がそろうと、言葉は説得ではなく対話として届きます。
法人向けの資料も同じです。図表とデータで埋め尽くされた資料は、理屈で押し切ろうとする印象を与えます。余白を取り、人の顔や手触りが感じられる要素を入れる。それだけで、読み手の身構えは小さくなります。
EDITORIAL PERSPECTIVE
AIで量産する前に、確かめてほしいこと
導入事例の文章も、よくある質問のページも、いまはAIで手早く整えられます。私たちアイムホッピングも、構成案づくりや言い回しの検討で日常的にAIを使っています。
ただ、お客様がどんな気持ちで迷っているのかを、AIに推測させて終わりにしないでください。
AIが書く「お客様の不安」は、どの業界にも当てはまる一般論になりがちです。本当の迷いは、商談の沈黙や、契約後にぽろっと出た一言の中にあります。そして、その迷いを受け止める自社が何者で、何を約束できる会社なのか。そこを決めるのは、経営者と社員とお客様の対話です。
核が言葉になっていれば、AIはその言葉を広げる良い道具になります。
EDITORIAL PERSPECTIVE
まず一つ、試してほしいこと
この一年で「見送り」になった商談を三件、思い出してください。
それぞれについて、断られた理由を「機能や価格の理由」と「気持ちの理由」の二列に分けて書き出します。気持ちの列が空欄なら、まだ本当の理由を聞けていないのかもしれません。次の商談では、その列を埋める質問を一つ用意して臨んでください。
Source & editorial notes
参考記事:Adweek ↗公式発表 ↗報道された事例をもとに、アイムホッピングが編集・解釈しています。日本向けの活用例は編集部の提案で、施策の効果を実証するものではありません。
図解・挿絵は記事の考え方や架空の場面を表現したもので、各社の公式広告素材ではありません。
