信頼される会社に見せたい。だから会社案内も提案書も、落ち着いた紺やグレーでまとめる。堅実な判断です。
けれど、競合も同じことを考えています。
商談相手の机の上には、似たような色の資料が何冊も並んでいる。数日後に思い出してもらえるのは、どの一冊でしょうか。
アメリカの大手保険会社Farmers Insuranceは、この問いに思い切った答えを出しました。ブランドの見た目を、ピンクを前面に出したものへ刷新したのです。
REPORTED CONTEXT
何が起きたのか
米メディアMarketing Diveによれば、Farmers Insuranceはブランドの見た目を全面的に刷新しました。柱は二つ。ブランド全体をピンクで統一したこと。そして、長年親しまれてきたジングル、つまりCMなどで流れる短いメロディを新しく生まれ変わらせたことです。
同社のクリエイティブ責任者Eleanor Solomonは、その理由を「保険業界の『同質化の海』から抜け出すため」と語っています。
なお、記事からは反響や成果の数字までは分かりません。ここでは仕組みの読み解きに絞ります。
EDITORIAL PERSPECTIVE
編集部はこう読む——業界の色の中で、違いをつくる
どの業界にも、「らしさ」として共有されている見た目のお約束があります。銀行なら青と白、保険なら紺や黒。お客様はそれを無意識に読み取り、「この会社は何をしている会社か」を一瞬で判断します。
お約束には、安心感を伝える力があります。ただ、全員が従うと、違いが消えます。
お客様の記憶の中で、各社がひとつの「保険会社っぽい塊」に溶けてしまう。どこで入っても同じだと思われれば、比べられるのは価格だけになります。
Farmers Insuranceは、このお約束を知ったうえで、あえて外しました。ピンクは保険らしくない色です。だからこそ記憶に残ります。「大丈夫だろうか」という一瞬の違和感と引き換えに、「あの保険会社は何か違う」という強い印象を手に入れる。勇気の要る選択です。
ジングルの扱いも同じ考え方だと考えられます。捨てるのではなく、生まれ変わらせる。長年聞き慣れたメロディの記憶を生かしながら、「新しくなった」という合図を送る。積み上げてきた資産を壊さずに更新する、巧みな手つきです。

EDITORIAL PERSPECTIVE
日本の中小企業が使うなら
そのまま真似するのはおすすめしません。日本の金融や保険の業界は、色のお約束がアメリカ以上に強いと考えられるからです。大手のコーポレートカラーを並べると、紺や青、えんじが目立ちます。派手な色は信頼を損なう、という暗黙の合意に近いものがあります。
それでも、色を変えることを「やらない理由」にする必要はありません。
全部ピンクにする本質は、予算ではなく決断にあります。全社のロゴを塗り替えなくても、お客様の目に触れる一点から始められます。
中小企業でもすぐ試せる形を三つ挙げます。
一つ目は、提案書や会社案内の色を業界から外すことです。紺の冊子が並ぶ机の上に、一冊だけ白地に明るい色の資料がある。それだけで「ここは何か違う」という印象が生まれます。小さな範囲で試し、制作費や印刷費と反応を確かめられます。
二つ目は、展示会のブースの色です。周りが紺やグレーで埋まるなか、白と黄色のブースがあれば、来場者の目は自然とそこに向きます。同じ広さのブースでも、見つけてもらえる確率が変わります。
三つ目は、名刺とメールの署名です。業界らしくない色の名刺は、商談のあと相手の名刺入れの中で目立ちます。「あの名刺の人」と覚えてもらえれば、次の連絡のきっかけになります。
EDITORIAL PERSPECTIVE
法人向けの商材にも、色の使い方を考える
業務用の機械やシステム、物流のサービス。法人向けの商材は、見た目の違いが後回しにされがちな分野です。「どうせ価格と仕様で決まる」と考えられているからです。
しかし、法人の購買は複数の人で決まります。提案書やカタログは社内で回覧され、担当者以外の目にも触れます。「あの会社の資料は何か違った」という印象は、決裁する人にも届きます。
色は、機能と関係がないからこそ、他社と違うことを一目で伝えられます。

EDITORIAL PERSPECTIVE
デザインの視点から——「使う」のではなく「全部」にする
デザインの観点で一番注目したいのは、色の選び方よりも、色の一貫性です。
ピンクを「使った」のではなく、「全部ピンクにした」。ここが重要です。部分的に使えばアクセントの色で終わりますが、全面に使えば会社の顔になります。アクセントは忘れられ、顔は覚えられます。
広告だけ、ホームページだけ、名刺だけ。つぎはぎで色を変えても、記憶には定着しません。お客様と出会うすべての場面で同じ色が現れて、初めて「この色ならあの会社」という結びつきが生まれます。
失敗しやすいのは、色だけを変えて、ほかを旧来のまま残すことです。書体、写真の雰囲気、言葉のリズムがそのままなら、新しい色は浮いて終わります。見た目は一つの仕組みです。一か所だけ変えても、全体の印象は変わりません。
EDITORIAL PERSPECTIVE
AIで量産する前に、確かめてほしいこと
いまは配色の案も、新しいロゴのバリエーションも、AIを使えば数分で何十通りも出てきます。便利ですし、アイムホッピングでも日常的に使っています。
それでも、なぜその色なのかを決めるところだけは、AIで完結させないでください。
業界の色を外すことは、目立つための手段にすぎません。その色が自社の何を表し、お客様に何を約束するのか。そこまで言葉になっていなければ、ただの派手な会社に見えてしまいます。AIは、すでに世の中にある配色の平均値を返すのが得意です。あなたの会社だけの色の理由は、社内やお客様と対話しながら掘り起こす必要があります。
核が決まっていれば、AIは展開を一気に広げる道具になります。核がないまま量産すれば、色だけが新しい、中身の見えない会社が一つ増えるだけです。
EDITORIAL PERSPECTIVE
まず一つ、試してほしいこと
自社の提案書と、競合の資料を机の上に並べてみてください。
少し離れて眺めたとき、自社の資料をすぐに見分けられるでしょうか。見分けられなかったなら、そこが最初に手を入れる場所です。そして色を選ぶ前に、「自社は何を約束する会社か」を一文で書いてみてください。その一文が、新しい色を選ぶ理由になります。
Source & editorial notes
参考記事:Marketing Dive ↗報道された事例をもとに、アイムホッピングが編集・解釈しています。日本向けの活用例は編集部の提案で、施策の効果を実証するものではありません。
図解・挿絵は記事の考え方や架空の場面を表現したもので、各社の公式広告素材ではありません。
